有機合成において、反応データの機械学習・データ解析が研究を支える重要なツールとなることは、ほぼ間違いないように思えます。一方で現状は、何ができて何ができないのか、あるいはどのようなデータ解析の方法論が実際の研究現場で使えるのかなど、機械学習というものに対する共通認識を分野内で形成している途上にも見えます。「機械学習を用いて予測した」「AIによって反応最適化を効率化した」といった研究成果が相次ぐ一方で、どの程度それが実際の研究に利用できるのか、疑問を感じる研究者も少なくないのではないでしょうか。
こうした有機合成における機械学習研究の位置づけを考えるうえで、一つの重要なものさしになると筆者が考えているのが、「予測」と「設計」の違いです。筆者はこれまでの経験から、機械学習による「設計」は、「予測」ができたうえで、さらにさまざまな要素を加えることによって、でようやく実現できるものだと考えています。本記事では、筆者の不斉触媒のデータ駆動型設計に関する研究(J. Comp. Chem. 2017, 38, 1825.およびBCSJ 2019, 92, 1701.)をもとに、このことについて見ていきます。
設計の難しさ
筆者は2017年にこの分野での論文1報目を発表しました。研究自体は2013年に開始しています。2013年頃の有機合成分野におけるデータ科学は、Sigmanらが、Charton値という古典的な立体記述子と多項式基底を組み合わせた、不斉触媒反応の重回帰分析研究を行っていました(PNAS 2011, 108, 2179.; Science 2011, 333 , 1875.)。さらに実験値から算出される記述子であるCharton値から、計算機上で算出できるSterimol記述子(置換基の幅・長さからなる3次元の記述子)に移り始めていた時期でした(Nature Chemistry 2012, 4, 366.)。当時、Sigmanらの論文を読み、多項式基底の導入といった回帰分析側の手法の工夫と、Sterimolのような多次元の数値を用いる記述子側の工夫により、分子触媒分野で新規性をだせるのならば、それに倣えばよいと考えました。
とくに機械学習側に関しては、当時所属していた研究室の方から、LASSO(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator)という手法を教えてもらい、有機合成分野での適用先を探していました。下図のように、患者・健常者のデータと大量の遺伝子データを相関づけることで、疾患にとって統計的に重要な遺伝子を抽出できる、という手法の説明を受けました。2013年当時の有機合成分野では(少なくともそれまで自分の研究していた中では)聞いたこともない手法であり、これを触媒反応解析に適用したらなにができるのだろうとワクワクしていました。

LASSOの適用先を探すなかで、Sigmanらが立体記述子として採用したSterimol値が、分子構造をばらばらにした置換基の幅・長さからなる3次元の記述子であることに思い至りました(Sterimol値の詳細は過去の記事を参照)。そうであれば分子の立体構造をもっとバラバラにデジタル化し、LASSOで重要な部分構造を抽出すればいいのではないかという発想にたどりつきました。
そこで図のように、不斉触媒反応の不斉配位子を対象に、共通する母骨格で構造をそろえ、単位格子が1辺1Åの格子空間に配置しました。各原子のvan der Waals半径を考え、分子が含まれる単位格子に1を、含まれない格子には0をアサインし、ボクセルデータへと変換しました(2次元画像であるピクセルデータの3次元版)。

このボクセルデータとエナンチオ選択性とをLASSOで相関づけし、回帰モデルを作成しました。その結果、テストセットで高い決定係数の値を示すことがわかり(論文ではR2 = 0.92)、エナンチオ選択性の予測自体は可能であることを確認しました。
また、この解析の重要な特徴は、記述子が3次元画像データであるため、回帰係数をもとに、エナンチオ選択性の変化にとって重要な領域を可視化できることです。下図のように可視化してみると、配位子上のAr基のメタ位に置換基があると、エナンチオ選択性が低下するという情報が抽出できました。実際に3,5-xylylからメチル基をひとつのぞいたm-tolylではエナンチオ選択性が3,5-xylylに比べ向上するということがわかりました(ただし、訓練データの最大値を超える値ではありませんでした)。

以上のように、LASSO回帰という機械学習手法を用い、ボクセルデータを記述子として、エナンチオ選択性の予測モデルをつくることに成功しました(2015年時点)。機械学習という言葉が有機合成分野にまだ十分浸透していない当時としては、新規性は非常に高いだろうと考え、Nature Chemistry誌に投稿しました。しかし残念ながらRejectとなりました。その際に、Reviewerに指摘された重要事項に以下2点があります。
- このボクセルデータを使った解析はCoMFA(Comparative Molecular Field Analysis; 比較分子場解析)の一種であること
- 訓練データの最大値を超えるエナンチオ選択性を示す分子の提示が、一定水準以上のJournalへの掲載には必要であること
前者について、この時点でCoMFAという類似した手法があること自体は認識していました。しかしCoMFAはもともと、タンパク質と低分子(リガンド)との相互作用を解析するために開発された回帰分析手法です(オリジナル論文:R. D. Cramer et al. JACS 1988, 110, 5959.)。CoMFAでは、低分子の周囲に格子点を配置し、その格子点に置いたプローブ原子と低分子との間の相互作用エネルギーを記述子とします。IC50などの生物活性値を目的変数として回帰分析を行うことで、低分子の周辺環境において(タンパク質がまわりにあると想定:Ligand-Based Drug Design)、どのような立体的・電子的な特徴があると、生物活性が高くなるのかを、回帰係数から可視化できます。
CoMFAが不斉触媒反応の解析に使われていること自体は当時から認識していましたが、プローブ原子との相互作用エネルギーを記述子として用いるものだと考えていました。しかし、今回用いたボクセルデータもCoMFAの枠組みに含まれ、不斉触媒反応の解析にもすでに使われていました。
たとえばDenmarkらは、同様のボクセルデータを用いた不斉触媒反応のCoMFAを、2011年に報告しています(J. Org. Chem. 2011, 76, 4337.)。やはりここでも訓練データ内での予測には成功しているものの、訓練データを超える触媒の設計には至っていませんでした。その後、Denmarkらは配座異性体を考慮することで、CoMFAの枠組みを用い、訓練データを超える不斉触媒の予測に2019年に成功しています(Science 2019, 363, eaau5631)。
Reviewerの指摘をうけて、不斉触媒反応におけるCoMFAの背景と当時の現状をあらためて調べ、日本語解説として公開しました(「不斉触媒反応におけるCoMFAの現状」)。不斉触媒反応のCoMFAでLASSOが使われた例はなかったので(通常はPLS回帰を使用)、そのあたりを中心に論文を再構成し、なんとかJ. Comp. Chem誌に論文を採択いただき、カバーを飾ることができました(カバーへのリンク)。
しかし、このデータ駆動の研究を続けていく上で、査読で指摘されたもう一つの課題、すなわち訓練データの最大値を超えるエナンチオ選択性を示す分子を提示すること、は解決すべき重要課題として残りました。
そもそも、訓練データを超える性能の予測は、形式上は外挿にあたります。外挿の実現は、一般的なデータ科学という枠組において、解決が難しい本質的な問題です。筆者が調べた範囲では、2017年当時、CoMFAを用いて立体選択性や触媒活性が向上する分子触媒の設計に成功した例はありませんでした(上記日本語解説参照)。
言い換えれば、機械学習で予測モデルを作り、テストセットで高い決定係数が得られても、それは設計研究の入口にすぎません。有機合成化学者が求める「設計」を実現するには、データ科学が苦手とする外挿の課題を乗り越える必要があります。ようやくこの時点で、「設計」とは、想像以上に難しい、超高難度の課題であることを認識しました。
予測から設計へ
上記のように、設計とは外挿をともなう高難度の課題であることを、ようやく認識した筆者が次に取り組んだのは、触媒と基質からなるエナンチオ選択性決定段階の中間体を用いたCoMFAです。当初は、比較的合成が容易な基質側をとにかくスクリーニングし、高エナンチオ選択性に重要な領域を可視化して、その情報を触媒側の設計に反映させることを考えていました。しかし、実際に解析してみると、触媒のみを用いたCoMFAとは異なり、可視化した情報から反応機構を解釈できることがわかってきました(BCSJ 2019, 92, 1701.)。

解析した反応では、minor生成物(望まない立体異性体)につながる反応点の周辺に、触媒側と基質側の両方について、分子が重なるとエナンチオ選択性が向上する領域があらわれました。つまり、Minor生成物につながる反応点の周囲にはポケットが形成され、反応剤が入り込みにくくなっていると解釈できます。一方、主生成物につながる逆側の反応点の周辺では、触媒とエステルの置換基が同じ側に位置するため、このようなポケットは形成されず、反応が円滑に進行すると考えられます。
さらに重要なのは、まだ分子によって占有されていない重要領域(下図、薄い青色の領域)に重なるように置換基を導入し(つまりポケットをさらに狭くしてminor側の反応を妨げる形で)基質を設計したところ、訓練データの最大値81% eeを大幅に超えるエナンチオ選択性を示すことがわかりました(94% ee)。

触媒についても、同じ解析結果に基づいて新たな構造を提案しました。ただし、記述子計算の前処理としてBINAPの擬アキシアル位にあるAr基を除去していた関係から、得られた触媒案は軸不斉とPキラリティーを併せ持つ、合成難度の高い不斉配位子となりました。そこで実際の合成には至りませんでしたが、DFTによる遷移状態計算を行い、計算上はエナンチオ選択性が向上し得ることを確認しました。

この触媒案の根拠となった重要領域を詳しく見ると、その起源は、エステル上の置換基がtBuである中間体由来であることがわかりました(上図)。tBu基とBINAPとの立体障害によってBINAPの構造が押され、触媒の一部がminor生成物につながる反応点の側へ張り出していることがわかります。一方、置換基がiPrの場合には、このような触媒構造の変化は観測されません。したがって、iPr基を持つ基質を用いる場合でも、重要領域に重なるように触媒上に置換基を導入すれば、エナンチオ選択性が向上する分子設計が可能、ということになります。つまり、基質によって生じた触媒の構造変化を、触媒自身の置換基によって再現する設計です。
このように、エナンチオ選択性の発現に重要な相互作用を十分に取り込んだ構造を解析し、エナンチオ選択性の高低がどの領域や相互作用に由来するかを人間が解釈することで、ケミカルスペースのどの方向に、より高いエナンチオ選択性を示す分子が存在するのかを研究者自身が判断できます。この判断に従うことで基質の設計に成功し、実験的にもエナンチオ選択性が向上することを確認できました。
ここで、データ駆動型触媒設計研究を進めてきた経験に基づく、個人的な分子「設計」の定義を以下に挙げます。
分子設計とは、所望の性能を満たす構造を予測・探索するだけでなく、化学的知見と現実の合成・実験上の制約を組み合わせ、実際に合成し、反応などに使用できる分子へ具体化すること
すなわち、データ解析により「予測」まで行ったのち、「設計」まで辿り着くためには、すぐに思いつくだけでも、以下のような制約を乗り越えながら分子構造を具体化する必要があります。
- 配座や対称性を考慮し、狙った空間に置換基や官能基を配置できるか
- 原料を安価に入手できるか
- 短段階で合成できるか、反応には十分な信頼性があるか、操作は簡便か
- 単離・精製を無理なく行えるか、生成物は安定か
- 実際の研究期間内に合成し、評価できるか
こうした制約も、将来的には機械学習へ取り入れられるようになると考えられます。一方、現状では、今回示したように、人間だけでは処理しきれない情報の整理や抽出を機械学習が担い、そこで得られた情報を化学者が解釈して、具体的な分子を提案する。この組み合わせによって、人間だけでも、機械学習だけでもアクセスできなかった分子へ到達できるようになります。
まとめ
本記事では「予測」と「設計」という側面から、有機合成における機械学習研究の位置づけについて、筆者の考えを述べました。今後、この分野の研究が進み、予測か設計かを問わず、従来のデータ科学の考え方を一歩超えた、オリジナリティーの高い研究が増えていくことを楽しみにしています。
データ駆動型触媒設計法の活用について
今回紹介したような、機械学習から得られた情報に基づいて具体的な分子を提案する過程では、さまざまな失敗を経験し、上記の制約を身をもって理解してきた実験科学者が、現時点では代替しがたい重要な役割を果たします。
筆者は、実験科学者が従来の有機合成手法だけでは発想・到達することが難しかった分子へアクセスできるよう、このデータ駆動型触媒設計の枠組みをさらに拡張して、社会実装に取り組んでいます。データ駆動型触媒設計システムwebアプリを用いた、より具体的な設計手順や、他の設計例については、下記のMolecular Catalyst Design株式会社Webサイトをご参照ください。
- Molecular Catalyst Design株式会社トップページ
- Case Study 01|反応中間体を用いた不斉触媒反応における機械学習・分子設計
- Case Study 02|不斉触媒反応における複数の選択性制御
- Case Study 03|機械学習・データ駆動による重合触媒のインシリコ設計
- Case Study 04|既存データを再利用するデータ統合型不斉触媒設計
- 受託解析について
